一度途絶え、そして復活した盗餅

北村地区の盗餅行事は、実は一度途絶えています。そして約46年前、再びこの地に戻ってきました。

「僕らの師匠が年末の宴会でこういう行事があるという話をして、それをやったら飲めるやんってなり、飲みたいがためにこの行事を復活させたんです。」

そう笑いながら教えてくれたのは、盗餅に30年以上参加している大岡克巳さん。多くの人から信頼を集める、いわば盗餅の“オブザーバー”のような存在です。

受け継がれてきた人のつながり

「去年の2月に亡くなった永峰さんという方を筆頭に、今でいうと70〜80代の地元の消防団の人たちが盗餅の初期メンバーでした。」

そう話しながら、大岡さんは最近消防団の機庫で見つけたというアルバムを見せてくれました。そこには、「秋芳洞」と書かれた石碑を囲んで立つ男女8人の姿が写っています。

「この人が永峰さん。盗餅をやろうやと言うた人です。僕の友達のお父さん。」

写真の中の一人を指さしながら、大岡さんはそう教えてくれました。ひとつの行事の裏側には、こうした個人の意思と記憶が積み重なっていることが伝わってきます。

「楽しいから続く」という理由

こうして復活した盗餅は、大岡さんや和田さんたちが所属する北村地区の青年団によって、今も守り続けられています。

「僕らはっきりいって飲むだけなんですよ。神がかりとかはない。ただ楽しいだけ。盗餅をつくるときとか終わった後とか、もうみんなが笑顔なんです。」

肩の力が抜けたような言葉ですが、その中にこの行事が続いてきた理由が詰まっているようにも感じました。

みんなが楽しいから続ける。とてもシンプルなその動機の中に、祭りの本質があるのかもしれません。