盗餅に残る、不思議な伝説

「盗餅に不思議な伝説があるんですよ。」

そう教えてくれたのは、先述の「下関ローカルコンテンツツアー」でお会いした、下関市川棚温泉交流センターの指定管理者・永峰慎哉さんです。資料のコピーをいただき、その内容を要約して紹介します。

その昔、ある農家に不思議な一頭の栗毛馬がやってきました。その日以来、その農家では良いことばかりが続き、村人たちは「あの馬は神様の使いではないか」と噂するようになります。

ところが、1月14日の夕方になると、神棚に供えた餅が消えてしまうようになりました。不思議に思った飼い主が餅を探していると、馬屋から話し声が聞こえてきます。そっと覗いてみると、栗毛馬が餅に話しかけていました。

驚いた飼い主が大声で馬の名を呼ぶと、馬はどこか悲しそうな顔をします。そして翌朝になると、栗毛馬の姿は消え、餅だけが残されていました。飼い主は餅を神棚に戻し、馬を探しましたが、結局見つけることはできませんでした。

それ以来、飼い主は毎年1月14日の夕方になると、馬を偲んで餅を馬屋に投げ入れるようになります。すると翌朝、その餅は細かくなり、馬糞に混じっていました。その馬糞を田や畑に入れると、作物がよく実るようになったといいます。

どこか不思議で、はっきりとした結末があるわけでもない。それでも、この土地に確かに残り続けてきた伝説です。

ワラ馬は、神の訪れを告げるものだった

また、日本各地のワラ馬行事を研究した安田宗一さんの著作『わらうま ~日本人の稲についての信仰~』では、こうした行事の背景について考察がなされています。

島根県や岡山県、広島県など各地で行われていたワラ馬の行事は、いずれも1月14日の夜に行われ、新年の豊作を願う予祝行事であったとされています。「ホトホト」「トヒトヒ」「トヘトヘ」といった掛け声は、神の来訪を告げるものでもありました。

ワラ馬は、目に見えない神を乗せる依坐(よりまし)であり、同時に新年の贈り物としての意味も持っていたとされています。訪問する側からすればワラ馬は「トビ(年玉)」であり、迎える側は餅や銭を返すことで、その関係が成立していました。

「トヘトヘ〜!」という掛け声は、単なる合図ではなく、神の訪れを知らせる声だったのかもしれません。盗餅が、古くから新年を迎える大切な行事であったことが見えてきます。

年のはじまりを告げるもの

実際に盗餅を迎え入れている永峰さんに心境を伺うと、「年が始まったなという気持ちになりますね」と、清々しい表情で話してくれました。

不思議な伝説と、今も続く行事。そのあいだには長い時間がありますが、どこかで確かにつながっている。盗餅は、ただの風習ではなく、土地の記憶そのものなのかもしれません。

※1 参考:仰木実(1967)「不耀雑事(52)」『会報 清流 第89号』北九州市小倉区富野新町 仰木実方
※2 参考:安田宗一(1966)『わらうま ~日本人の稲についての信仰~』郷土玩具研究会