昔の盗餅が持っていた役割

盗餅を46年前に復活させた初期メンバーの一人、70代後半の益本浩尚さんに当時の話を伺うことができました。

「昔(盗餅は)夕方からやりよったけど、今はもう昼間やるんかね。」

当時は電灯もなく、真っ暗な中で家の灯りを頼りに巡行していたといいます。池に落ちた人もいたという話に、時代の違いがにじみます。

「(盗餅をやると)あそこの家はなんやったとか、あそこは子どもが生まれたとか、なんとかじいさんが亡くなったとか、部落のことがようわかるわけ。」

盗餅は単なる行事ではなく、地域の出来事や変化を共有する場でもありました。人が集まり、語り合う。その時間こそが面白かったといいます。

夜の行事としての記憶

昔は夜に行われていたため、寒さへの対策も工夫されていました。

「カッパを着てね。でもそれがばれたらインキチと言われるけえ、その上に上着を着たりしてね。」

そう言ってウィンクする益本さんの姿に、当時の空気がそのまま残っているようでした。

次の世代へ託されるもの

当時の巡行先は15軒ほど。それが今では25軒に増えていると伝えると、「増えちょる。すごいな!」と驚いた様子を見せました。

「自分らは卒業してもうだめです。地域のことは、大岡君たちがようわかると思うよ。がんばってください!」

その言葉は、静かに次の世代へとバトンが渡されていることを感じさせました。